入院生活を振替って−1 の続き
正月の行事も終わり、再び単調な病院生活が始まった。
本当にあきれてしまう様な単調な一日です。
起床六時。消灯九時半。する事は一度の検温。血圧。一度の傷口の消毒。そして三度々々の食事。アキレス腱断裂というだけで、体調はすこぶる健康状態。食事制限は何もなし。ただ体重だけが心配です。
私は元来、とっても早寝早起きの人で、朝四時、あるいは五時にはお目覚め。冬の今は、まだ外は真っ暗で星がきらめいている時間です。
病院でも五時過ぎにはもう顔を洗い終わって、まだ薄暗い廊下をナース・ステーションの方に向かって車椅子でブラブラお散歩。初めの内は廊下を近づいて来る私を見つけた看護婦さんが、何かあったのかとビックリして
「田村さん、どうかなさいましたか?!」と。
「とっても、退屈なさいました…」と私。
五、六分話し相手になってもらって時間を潰す。このページを読んでいらっしゃる皆さんと同じ位暇でした。
さて、一月三日。いよいよ新宿コマ劇場「不死鳥よ、波涛をこえて」 の初日。
朝から三十分毎にベッドの脇の時計に目がいってしまう。本来ならば今頃、楽屋入りする頃の時間だ・・・。・・・今頃、メークにかかってるかナ?・・・そろそろ衣裳を身に着けて舞台袖にスタンバイ・・・。
そして、芝居が順調に進行していく様子が頭の中に浮かんでくる。・・・そして、そろそろ私がアキレス腱を切った大詰めの立ち回りが始まる頃だろう・・・。そしてカーテン・コール・・・。
なぜか病室にジッとしている私までが疲れてしまった。終演後、プロデュサーや、演出家の人達が数人、報告旁々お見舞いに来て下さいました。そして病室の隅っこの方に代役を勤めた五代高之君も立っていた。
私。「五代君、代役、本当にありがとう・・・。」
彼。「稽古中に激励のメッセージを頂いてありがとうございました・・・
頑張ります。」
彼も、病院のベッドの上に横たわっている私を見て複雑な心境だったかも知れません。
でも、初日を終えて皆さん和やか会話が飛び交った。その様子から見て素晴らしい初日であった事が充分に伺える。私の中では、「良かった」という気持ちと「悔しい」という気持ちが複雑に交差していた。
正直、大変悔しいという気持ちが占めていました。
日は過ぎて、手術した傷口も順調に塞がり、術後十日目で抜糸。
そして、三日後、いよいよ退院の運びとなりました。看護婦さん達とのお別れがなんだかチョッピリ淋しい気もする。とは言ってもあまり長居をする所ではない。看護婦の皆さん、たいへんお世話になりましてありがとうございました。本当に「白衣の天使」でした。車椅子で退院する私が云うのもなんですが、皆様どうぞお身体に気を付けて頑張って下さい。本当にありがとうございました。
さて退院です。久しぶりに洋服に着替えました。
我が家に戻って、私の指定席になってしまったテレビの前でボーッとしているといつの間にか夕方。女房は台所に入ったきりなかなか出て来ない・・・。手間のかかる料理をしているのか・・・。
私。「あまりお腹空いていないから、今日はザーッとでいいよ・・・」
妻。「ハーイ、分かりました・・・ザーッとネ・・・。」
と云いながらもいっこうに台所から出て来ない。その内、ピーン・ポーンとチャイム。なぜか突然、友人夫婦が訪ねて来てくれたのです。
「退院オメデトウ・・・」。わたし、「アリガトウ・・・(でも、何で・・・?)」
しばらくして又、ピーン・ポーン。今度はご近所の整形外科の先生ご夫妻。
「退院オメデトウ」、私、「アリガトウゴザイマス・・・(?)」
又、ピーン・ポーン。そして、又、ピーン・ポーン。何と々々、退院祝いに私には内緒で急遽十人ばかりの仲間に声をかけていたのでした。台所からでて来なかった訳がやっと読めました。ザーッとどころか大変なご馳走が食卓に並び大変盛り上がった退院祝いを演出してくれました。
真ん中でチェックのパジャマ姿が私です。
そして一月二十七日。「不死鳥よ、波涛を越えて」の千穐楽の前日。初日の時からズーッと迷い、悩み続けて来た事が一つだけありました。それは「不死鳥よ、波涛を越えて」の芝居を見るべきか、見ないべきか・・・。
非常に悩みましたが、とうとう決心がついて新宿コマ劇場に足を運ぶ事にしました。途中、車の中、新宿コマに近づいて来るとなぜか正常心ではなかった様な気がします。
開演のベル 、こんな緊張感をもって芝居を見るのは初めての事。
客席が暗くなって幕が上がる。
十二月十五日から二十二日まで八日間、一緒に稽古した仲間達が目の前でそれぞれの役を生き生きと演じている。俳優って素晴らしいと感じる。
本来ならば、自分では絶対見ることの出来ない芝居を今、<私は客席で見ているのだ。>
そして、拍手に包まれて幕は降りました。大変見応えのある素晴らしいお芝居でした。見に来て良かった。
ただ私としては、〈楊乾竜〉を田村亮に演らせたかった
取り留めの無い事をダラダラと書いてしまいました。貴重なお時間を無駄にしてしまい本当にゴメンナサイ。
結局、『不死鳥よ、波涛を越えて』は、私にとりましては出演もしていないのに一生思い出に残るお芝居になりました。私にとりまして<幻の舞台>です。