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diary
田村亮のちょっと嬉しかったこと
田村亮からひとこと

第56回 堤 玲子さんからのお手紙(2003年9月18日)

 30年程前に「わが闘争」という本をお出しになって大変なセンセーションを起こされた岡山県在住の作家、堤玲子さんとは長ーいお付き合いをさせて頂いておりますが、その堤さんが岡山シンフォニーホールでの「金子みすゞの詩の世界」を聞きに来て下さいましてお誉めのお手紙を頂きました。

 堤さんは以前、日大の江古田文学に「金子みすゞ論」をお書きになった事があり、その堤さんがこんな大賛美をして下さったので、ご本人の了解を得て一部を紹介させて頂きます。ほんの一部です。

べらぼうに美しい朗読ありがとう。亮さんの声はみすゞの詩によく似合った。富士と月見草、長ドスとやくざ、の様によく似合った。
恋以外は真っすぐに生きて来た亮さんに途方もなくよく似合った。
長く生きられなかったみすゞ、東京の友人が以前女の朗読を聞いたと言ってましたが、亮さんを起用したのは大拍手です。きよらかな声でした。

…云々

 便箋10数枚程の長ーいお手紙でしたが、最後に「春の日のバカ殿の昼寝ほどの長い手紙、時間を頂きありがとう。」と締めてありました。

 「音楽と詩と愛と…金子みすゞの詩の世界」は来年も各地に回る予定ですが、もし皆さんの住んでいらっしゃる近くに参りましたら是非一度聞きに来て下さい。

 ところで堤玲子さんの「わが闘争」(三一書房)をお読みになったでしょうか?大変過激な内容で、刺激的できわどい言葉が頻繁に飛び交っていた記憶があります。
 当時文壇の多くの人の間で話題になり大江健三郎氏は直木賞に推薦し、田辺聖子さんは『堤玲子・美しき異端文学。後にも先にももう日本文学には現れないだろう…』云々
 五木寛之氏は出版した日記の中に『マスコミは堤玲子に対して冷たかった。本当に冷たかった。織田作之助、太宰治、無頼もどきの文学にはちやほやするが、真の無頼・堤玲子に対してはほんとうに冷たかった…』と

 堤さん、いつもいつも無農薬のサツマイモを送って下さってありがとうございます。

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